最近、大学生の方々のアシスタントとして講義を担当する機会があり、意外にも留学、特に海外の大学院への関心が高いことに気づかされました。中でも多かった質問が、日本の大学院とアメリカの大学院の違いについてでしたので、以下に解説いたします。
解説をお読みいただくにあたり、以下の前提条件にご留意いただけますと幸いです。
- 主観的な紹介である点: 日本とアメリカという大きな枠組みだけで大学院の違いを完全に説明することは困難です。あくまで一般論として、私の主観的な経験に基づいた解説となります。
- 大学・プログラムによる差異: アメリカの大学院におけるRA(研究助手)やTA(教育助手)の待遇(給与、授業料免除、医療保険などの福利厚生)は、同じ大学内でも学部、学科、プログラム、そして学生のステータス(修士課程、博士課程、予備試験の合格状況など)によって異なります。
- 日本の大学院経験について: 私は日本の大学院に在籍した経験はありません。日本に関する記述は、学部時代(早稲田大学 理工学部 機械工学科)の経験や、当時のゼミの先輩方(修士1年、修士2年)から伺った話に基づいています。
- アメリカの大学院経験について: アメリカに関する記述は、スタンフォード大学に在籍した2002年から2009年(修士課程:2004年修了、博士課程:2009年修了)の経験に基づいたものであり、情報が古い可能性がある点をご了承ください。
長文なので、概要をまとめた比較表からご覧ください。
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日本 |
アメリカ |
1. 入学選考方法 |
筆記試験と面接の入学試験 (院試) の点数による判断。
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書類選考で総合的な判断。 (1) GPA (学部の成績) (2) GRE (共通試験) (3) 推薦状 (2-3 通) (4) エッセー/志望理由書 (Statement of Purpose) 面接があることも |
2. 卒業条件 |
修士論文 博士論文 査読付きの論文発表のノルマ |
授業 (コースワーク) で所定の単位を取得する 修士課程は論文がない学校も多い 博士適正試験 (Qualifying Exam) 論文 (Thesis, Defense) |
3. 在学期間 |
修士課程: 2 年 博士課程: 3 年 |
修士課程: 1-2 年 (2 年未満) 博士課程: 5-7 年 |
4. 学生への指導体制 |
教授の指示に従いながら研究。研究室単位での活動が中心。 |
主導権は学生にあり、自分で授業を選び、研究テーマの決定をする。 指示待ち症候群には厳しい。 |
5. 経済的支援
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奨学金制度あるが 自己負担率は高い |
RA, TAを通じて、授業料、給与 、医療保険など)を受ける。
優秀な人は、自己負担ゼロで Ph.D. まで取得可能。 |
6. 国際性 |
日本人が多く、留学生の割合が低め (10-20% くらい)。 |
世界中から優秀 + 多様なバックグラウンドをもった人が集まる。特にSTEM系。 |
1. 大学院入学の選考方法 (合否判定)
日本:
主に、入学試験(筆記試験と面接)である「
院試」での合格が必須となります。
研究計画や学部時代の成績も考慮される場合がありますが、筆記試験の結果が重視される傾向があります。
学部からそのまま同じ大学院へ進学する、継続進学が多いのも特徴です。
博士課程(Ph.D.)やMBAなどの一部プログラムでは、面接が課されることもあります。
主な書類選考の要素は以下の4点です。
- 学部の成績(GPA, Grade Point Average)
- GREのスコア
- 推薦状(Letters of Recommendation):2~3通
- エッセイ/志望理由書(Statement of Purpose)
特に、志望理由書(Statement of Purpose)は出願者自身が作成します。
推薦状は、指導教官や社会人経験がある場合は上司などに依頼するのが一般的です。MBA だと社会経験があることが前提なので、仕事上繋がりのある人から最低 1 通という条件があったかと。
書類選考において、エッセイ/志望理由書 (Statement of Purpose, SOP) は最重要項目の一つです。テストの点数も重要ですが、絶対的な条件ではありません。この辺りは、日本の入試と違って、テストの点数が取れなくても入学できる可能性があります。私は、テストの点数を取るのは苦手なので、SOP に労力を最もかけました。
GPAも重要な評価要素となるため、留学を検討し始めたら、学部1~2年生の頃から高い成績(特に専門科目)を意識して学習に取り組むことが大切です。これは、推薦状を依頼できる教授との良好な関係構築にも繋がりやすく、質の高い志望理由書作成にも役立ちます。
大学入試 (前期: 東大理1、後期: 東工大) は、物理数学が全くできずで端にも棒にもかからずで全滅。滑り止めの大学進学後は、物理、数学を重点的に勉強した記憶があります。
これらの特徴から、アメリカの大学院は一夜漬けでは突破が難しく、日々の積み重ねが重要であることがわかります。入学準備(アプリケーションフォーム提出など)は1年程度の期間をかけて行うのが一般的ですが、そのための基礎作りは学部1年生のより早い段階から始まっていると言えるでしょう。
留学生の場合は、TOEFLのスコア提出も必須となります。
各学校の指定する最低点 (minimum requirement) はパスする必要があります。
私は最低点を満たしていなかった MIT, Georgia Tech では、「TOEFL の点数が良くなったら再提出してください」という感じで審査が保留になりました。
より詳細な情報については、以前に執筆した以下のページもご参照ください。
アメリカ理系大学院留学への準備の体験談現在では、生成AIに質問することでも多くの情報を得られると思いますが、各大学の入学条件は「OOO University Admissions」などのキーワードで検索すると、応募方法や専用の申し込みページにアクセスできます。
2. 学位取得・卒業の条件
日本:
修士課程 (博士前期課程) では、修士論文の提出が必須です。また、授業の単位取得も課せられます。
博士課程 (博士後期過程) では、博士論文の審査への合格と、査読付き論文の発表数にノルマが設けられています。
所定の単位を取得する条件もあります。
アメリカ:
修士課程 (M.S., M.A.) では、コースワーク(授業の履修)が重視されます。修士論文は必須ではないコースも多く、例えばスタンフォード大学では不要ですが、MITのように課せられる大学もあります。
授業形式も多様で、グループでの実験とレポート作成、授業内での口頭発表など、ミニ研究のようなスタイルも見られます。
講義時間は比較的短く(50分または75分)、週に2~3回程度開講されます。その一方で、毎週多くの宿題が出されるのが基本であり、修士課程在籍中は、常に課題に取り組み、中間試験や期末試験に向けて勉強することが日常でした。博士課程、Quals に合格したあとでも授業は毎学期 3 つづつは取っていたので、修士課程に入学してからのべ 4 年くらいは授業を取ってたと記憶しています。
博士課程では、まず博士候補(Ph.D. Candidate)となることが必須であり、そのための試験(Qualifying Exam、通称 Quals)に合格しなければなりません。Qualsに合格していない段階では、修士課程とほぼ同等とみなされます。Qualsに合格して初めて、本格的な博士課程に進めると言っても過言ではありません。
Quals は、就職面接のホワイトボード試験に似ていて、期末試験よりちょっと難し目の問題を、出題者の教授と質疑応答議論を展開しながら、答えを導いていくというものです。結構よい訓練になりました。2 日間で 8 問 / 8名の教授と試験を行います。これは学校、学科により変わり、研究の中間発表が課せられることもあります。
博士候補となった後は、研究活動を行い(継続し)、博士論文を提出、そして最終的な口頭発表・試問(Defense / ディフェンス)に合格することで、晴れて卒業となります。
Quals合格から卒業までの期間は、一般的に4~6年が目安です。
10 年在籍している、なんて人もいました。こうなるとスタッフなのか、学生なのか見分けがつきにくい。
スタンフォード大学の場合、修士課程(MS)では45単位の取得が卒業要件で、これは1科目3単位とすると15授業分に相当し、通常5学期(クォーター制)で修了します。
博士課程(Ph.D.)では90単位が必要で、そのうち54単位は論文研究(Thesis)として取得できました。したがって、残りの36単位、つまり12授業程度を受講することになります。
副専攻(Ph.D. Minor)を取得する場合は、さらに多くの授業を履修する必要があります。
3. 在学期間
日本:
アメリカ:
アメリカの修士課程は通常2年ですが、早い人では1年で45単位を取得して卒業するケースも稀にあります。しかし、一般的には4~5学期(1学期は約3ヶ月 / 10週間)かけて無理なく学習する人が多いようです。
博士課程は日本と比較して明確に長く、Quals 合格後、卒業まで平均して5年前後を要します。
私自身の経験では、5年半かかりました。
4. 指導体制と学生の自主性
日本:
日本の大学院では、学生は指導教授の指示に従って研究を進めることが一般的です。指導教授への依存度が高めで、研究室(ゼミ)が活動の中心となります。
アメリカ:
アメリカの大学院では、学生の自主性が重視され、コース選択や研究テーマの決定において比較的自由度が高くなります。人によっては、その自由度の高さに戸惑うかもしれません。
私はわりと指示待ち症候群だったので、Quals 合格直後の Ph.D. 初期はかなり進度が遅かったです。
研究の進め方やスケジュール管理の主導権は学生にあります。そのため、自ら積極的に意思決定を行い、計画的に学業を進める必要があります。
アメリカの大学院における研究は、
- 複数の教授
- それらの教授をアドバイザーとする学生
- そして専門の研究者や技術者
によって構成される研究グループ単位で進められます。一種の会社組織のようなものです。
教授の役割は、講義を行う、学生を指導するだけでなく、研究活動に必要な資金を獲得(ファンドレイジング)することも含まれます。教授は、会社の社長に相当する役割を担うと言えるでしょう。
資金があれば、優秀な学生や研究スタッフを雇用し、研究成果を上げ、政府からの研究資金(グラント)や民間企業からの資金提供を受けやすくなります。逆に、資金調達がうまくいかない場合は、研究活動が厳しくなります。これは会社組織も然り。
5. 経済的支援
日本:
日本の大学院では、奨学金制度は存在するものの、授業料や生活費の全額を賄えるほどではありません。そのため、自己資金など、経済的な準備が不可欠となります。
アメリカ:
アメリカの大学院、特に博士課程においては、RA (Research Assistant, 研究助手) や TA (Teaching Assistant / 教育助手)といった職務を通じて、給与や学費免除といった充実した経済的支援を受けられることが多いです。
学費免除は学生からの立場で、実質は前述の「教授の資金調達」から支払われるため、大学院生を雇うには年間での実費が $70,000 ~100,000 くらい。
修士課程では、TAの機会が比較的一般的。
ただし、学科によっては、博士課程への入学時から何らかの経済支援(financial aids)が付与される場合もあります。同じ大学内でも、選考によって待遇が大きく異なることがあります。
例えば、コンピュータサイエンス(CS)のような人気学科の修士課程では、基本的に自己資金または外部からの資金援助が前提となることが多いです。この辺りは商売でもあります。
経済的支援に関する情報を調べる際には、「Financial Aids + 大学名」や「Research Assistant Salary」といったキーワードで検索すると良いでしょう。
私の所属していた航空宇宙工学科(AA, Aeronautics & Astronautics)の場合、資金源がNASAや民間の航空宇宙関連企業などと限られているため、Quals に合格しても研究資金(funding)が得られないケースが散見されました。
スタンフォード大学におけるRAの給与水準の一例として、今年の基準では月給4,218ドル(税引前の総収入, gross income)でした。税引き後の実質的な収入(net income)は約3,200~3,400ドル程度くらいでしょうか?
余談ながら、私の時代 (2004 - 2009 年) は gross income で $2,500/mo くらいだったかと。これでも studio や 1-bedroom で一人暮らしできていました。いまだと 3,500ドル/月でも、ルームメイトとアパートを借りて、(安い)車にのって生活するのでかなり手一杯かと。
一般的な労働条件としては、週の就労時間40時間のうち、50%にあたる20時間までをRAやTAとして働くことが許可されます(週5日×8時間労働で計算)。夏休み期間 (summer quarter) は、90%, 100% RA、つまり給料が 2 倍になることもあります。
この点は、留学前に読んだアルクの雑誌『アメリカ理系大学院留学』などで読んだ情報から想定していた状況とは異なっていました。世の中そんなに甘くない。入学時点で経済支援があると書かれた合格体験談も見かけましたが、有名大学では稀なケースです。
Stanford でも同時期に入学した人で、GREで満点に近いスコアを取得した人が、合格時に所属学科から毎年2名にのみ与えられる経済支援 (授業料全額とRA50%相当程度の生活費用) を得たという例はありました。
TAの選考は、前年度の科目の成績がA+だった学生が選ばれる傾向にありました。
6. 国際性
日本:
日本の大学院では、学生の多くが日本人であり、留学生の割合はアメリカの大学院と比較して低い傾向があります。
近年はどんな感じでしょうか? ちょっとこの辺りは実態は把握できず想像と検索結果依存です。
アメリカ:
アメリカの大学院は、世界中から優秀な学生が集まるため、非常に国際的な環境です。分野による偏りはありますが、特にSTEM(科学、技術、工学、数学)分野ではその傾向が顕著。
多様とはいいつつ、ある意味で偏っているかも。
とはいえ、多様なバックグラウンドを持つ学生との交流は、自身の視野を広げる上で大きなメリットとなりますし、日本の良いところ、悪いところ、アメリカの良いところ、悪いところを知る良い機会でもあります。
一般的に、アメリカでキャリアを築くことを考える場合、STEM 分野での留学は比較的可能性が高いと言えます。
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以上、長文をお読みいただきありがとうございました。